花咲ける夢

僕はとりあえず不愉快で。
毎日はとにかく「怠惰」と「怒り」と「強欲」に支配されている。
僕はもういい加減疲れてしまった。
眠っている時だけが幸せだ。
ずっと夢を見ていたい。

「ノッてるかーい?起きてるかーい?・・・え?起きてねえ?HAHAHA!・・起きろ。」
耳元で今日も叫ばれる。もう聞き飽きた目覚まし時計の悲鳴。
・・朝の畜生めが。
僕が手をのばすよりも先に、目覚まし時計は口を閉じた。
目を開けると、花が僕を見おろしていた。
花の葉っぱはうにょんとのびて、時計のスイッチを止めていた。
それはどこから生えてるのかって、僕の腹から生えている。
「・・・・・・はあ。さいですか。」
花は一晩のうちに僕の腹から一本、大輪の花を咲かせた。
「・・・もう、いいです。ハイ。」
僕はまくらに頭を改めてうずめると、目を閉じた。
甘いニオイが、した。

どうやら夢を見ているらしい。
ただ、見たこともないような良い夢。

 たとえばそれは、僕が(昨日電車の中でタイタニックの話を聞いたからか)
レオナルド・ディカプリオになって街で「レオー」とか「レオ様あ」とか言われてる
夢で。かわいい子もそうでない子もみんな僕を振り返って、憧れの眼差しで見つめた。

それから、宝くじで一等が当たって何故か所ジョージから小切手をもらって
ゴールデンレトリバーを飼ってトップブリーダーとなり、ドッグフードのCMに
出る夢で。

マックの社長になった夢もあった。

それから。
美味しい物も沢山食べた。
オイシイ思いも沢山した。
カワイイ子とも遊びまくった。
笑いまくった。
芸能人にも会った。
映画にも出た。
松たか子とも共演した。


でも、それはいつのまにか大嫌いな「日常」のようにつまらなくて何もなく(空虚)
てつまらなくてやるせなくてイライラして何かが足りなくてしかたがなくてどうしよう
もなくて、ひどく・・・・・・いつのまにか、僕は呟いていた。
「こんなものが欲しかったんじゃない。」
そうだ。
「こんなもの、大嫌いだ。」
僕は交差点に佇んでいた。人が沢山、にぎやかに通っていく。
でも、僕を気に止める人はいない。
信号・・・・赤だ。

そして僕は、気がつくと。
・・・暖かい。
海の底の白い砂の上に、寝ている。
・・・と、いうよりも、自分自身が海の底の「大地」になっているような。
僕と海の境界線が、ゆっくりとろけていく。
僕と砂の境界線が、ゆっくりとろけていく。
僕と地球の境界線が、ゆっくりとろけていく。
ゆっくり・・・ゆっくり・・・・・・。
緑色のものが、のびてゆく。
海草が、僕の体から海面の光へと手をのばすように、のびてゆく。
都会の足音が、電話のコール音が、パソコンのエラー音が・・・
そういうすべてが、耳の奥から流れ出して溶けていった。
「僕」は、もうどこにもいなかった。
僕は、海の底の大地と・・・地球に、溶けていた。

くらげの群が、僕のずっと上を流れて泳いでいく。

今まで会ってきた人達が、眼球の奥で笑っては消えていった。
まるで卒業アルバムの写真みたいに。
みんな消えてしまうのかな。
それでもいいや。
僕は思っていた。
そうして海の流れの中にいた僕に、何かが影を落とした。
人魚。
僕を覗き込んでいる。
誰だろう・・・。
「私、誰だか知ってる?」
声は聞こえない。
でも彼女は確かに僕に聞いた。
そして笑って、彼女は浮き上がり、すいっと泳いでいってしまった。
待って・・・君は誰。
待って・・・君は、誰?

目を開けると、そこは僕の部屋だった。
「のってるかーい起きてるかーい・・・え?起きてない?HAHAHA!・・・起きろ。」
僕は目覚ましを止めた。
どうやら夢は終わってしまったらしい。
僕の腹の上に、枯れた花が横たわっていた。
ごみ箱に捨てて、時計を見る。まるまる12時間眠っていた。
僕は「ここ」にいた。
もう、こんな夢は見れないだろう。
何もできない僕に戻った。
「私、誰だか知ってる?」
彼女は・・・誰なんだろう。
彼女と出会えたら・・・僕は。
いつか、出会えるのかもしれない。
そう遠い話ではない、きっと。
僕は遅い朝食の用意を始めた。


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